自分が𠮷田監督と出会ったのは高校生の頃でした、素敵な作品と素敵なお人柄に惚れてから長い年月が経ち、この度お話を頂いた時、驚きと喜びに溢れました。そして頂いた台本の題名が『廃用身』でした。久坂部先生の衝撃作を𠮷田監督が実写化、もはやある種の恐怖を感じました。とんでもない作品になるなと。 それと同時に漆原糺という主人公を演じる恐怖にも襲われました。 正義と悪は曖昧なものだという事は様々な作品で語られてきました。しかしこのような切り口から描かれ、世に投げかける作品は無かったのではないでしょうか?社会的な意味も大いに含むこの作品を映画芸術として𠮷田監督は正々堂々と描き切りました。 1人の医師の、1つの症例のような人生を、皆様に目撃して欲しいです。
私は最初にこの台本を読んだ時、気がつけば実際に起こったノンフィクションの話だと思い込んで読み進めてしまっていました。それくらい身の回りで起きてそうだと自然に想像をし、自身にあるいは自身の家族にそして、医学が発達している世界中の人々にもふりかかってくる永遠のテーマだと感じたからです。 ご覧になる方は今まで見逃していた新たな倫理観に揺さぶられると思います。そして問われると思います。このテーマに共感できるか、拒絶するか。 ぜひともたくさんの方に劇場で観ていただき、賛否が激しく分かれてほしいです。
この映画に出演が決まってから、原作の小説を読んで今まで知らなかった、廃用身の世界をしって、人間の心と体のバランスの中身や医者と患者の関係性や自分の肉体と気持ちの戦い方や本人と家族の関係性の問題を自分なりに考えるようになりました。撮影を終えて、自らの身体を切って、心を開放していく老人たちの気持ちを考えるようになりました。この難しい社会の闇の問題を、映画をご覧になる皆様に是非考えて頂きたいと思います。私の演じた岩上老人の葛藤と家族との生き様を是非味わって頂きたいと思います。
𠮷田監督が新作を撮られると聞き、これまで作品を追いかけ続けてきた身として、お声がけいただけたことをとても嬉しく思いました。 原作は、ルポルタージュかと思うような小説で、何度読み返しても「これは本当に小説(物語)なのだろうか」と戸惑い続けました。 どう演じることが正しいのか、どう在るべきなのか。現場に立ちながらも、答えを探し続ける日々でした。クランクアップ後も、あの日々が自分の人生と地続きのまま生きているような感覚があり、ふとした瞬間に思い出していました。 完成した作品を観たとき、ようやく「あれは作り物だったのだ」と受け止めることができ、昇華されていくような思いです。
原作を初めて読んだときの感触は、今も消えずに残っています。 心がどこにも置けなくなる不安と同時に、自分の未来が冷たく、正確に切り取られた気がしました。 あの読後に立ち上がった名付けがたい気配を、映画という形で問い直したい──その思いが、長いあいだ自分を突き動かしてきました。 自由な映画表現を受け止め、原作を託してくれた久坂部羊さんに、心から感謝いたします。
この作品は、誰もが自身の未来を映し出し、息を潜めて向き合わざるを得ない問いを、優しく、しかし容赦なく投げかけます。 超高齢化社会の現実に直面したとき、ひとりの医師が下す選択を、観る人の皮膚の下まで、静かに届けたいと思いました。
どうか、目を背けないでください。 ここに映るのは、誰かの母でもあり、父でもあり、 やがてあなた自身でもある、避けられない現実です。 この問いが、それぞれの場所に残ることを願っています。
まさか映画化されるとは思いませんでした。 なにしろ『廃用身』が出版されたときの宣伝文句が「映画化、絶対不可能!」でしたから。 「切って楽になれるなら切ってほしい」は、私が現場で実際に聞いた言葉です。 介護に関わる方、介護に悩む方、すべての人に、常識の枠を取っ払ってこの映画を観ていただきたいです。
コメント
染谷将太(主演・漆原糾役)
自分が𠮷田監督と出会ったのは高校生の頃でした、素敵な作品と素敵なお人柄に惚れてから長い年月が経ち、この度お話を頂いた時、驚きと喜びに溢れました。そして頂いた台本の題名が『廃用身』でした。久坂部先生の衝撃作を𠮷田監督が実写化、もはやある種の恐怖を感じました。とんでもない作品になるなと。
それと同時に漆原糺という主人公を演じる恐怖にも襲われました。
正義と悪は曖昧なものだという事は様々な作品で語られてきました。しかしこのような切り口から描かれ、世に投げかける作品は無かったのではないでしょうか?社会的な意味も大いに含むこの作品を映画芸術として𠮷田監督は正々堂々と描き切りました。
1人の医師の、1つの症例のような人生を、皆様に目撃して欲しいです。
北村有起哉(矢倉俊太郎役)
私は最初にこの台本を読んだ時、気がつけば実際に起こったノンフィクションの話だと思い込んで読み進めてしまっていました。それくらい身の回りで起きてそうだと自然に想像をし、自身にあるいは自身の家族にそして、医学が発達している世界中の人々にもふりかかってくる永遠のテーマだと感じたからです。
ご覧になる方は今まで見逃していた新たな倫理観に揺さぶられると思います。そして問われると思います。このテーマに共感できるか、拒絶するか。
ぜひともたくさんの方に劇場で観ていただき、賛否が激しく分かれてほしいです。
六平直政(岩上武一役)
この映画に出演が決まってから、原作の小説を読んで今まで知らなかった、廃用身の世界をしって、人間の心と体のバランスの中身や医者と患者の関係性や自分の肉体と気持ちの戦い方や本人と家族の関係性の問題を自分なりに考えるようになりました。撮影を終えて、自らの身体を切って、心を開放していく老人たちの気持ちを考えるようになりました。この難しい社会の闇の問題を、映画をご覧になる皆様に是非考えて頂きたいと思います。私の演じた岩上老人の葛藤と家族との生き様を是非味わって頂きたいと思います。
瀧内公美(漆原菊子役)
𠮷田監督が新作を撮られると聞き、これまで作品を追いかけ続けてきた身として、お声がけいただけたことをとても嬉しく思いました。
原作は、ルポルタージュかと思うような小説で、何度読み返しても「これは本当に小説(物語)なのだろうか」と戸惑い続けました。
どう演じることが正しいのか、どう在るべきなのか。現場に立ちながらも、答えを探し続ける日々でした。クランクアップ後も、あの日々が自分の人生と地続きのまま生きているような感覚があり、ふとした瞬間に思い出していました。
完成した作品を観たとき、ようやく「あれは作り物だったのだ」と受け止めることができ、昇華されていくような思いです。
𠮷田光希(監督)
原作を初めて読んだときの感触は、今も消えずに残っています。
心がどこにも置けなくなる不安と同時に、自分の未来が冷たく、正確に切り取られた気がしました。 あの読後に立ち上がった名付けがたい気配を、映画という形で問い直したい──その思いが、長いあいだ自分を突き動かしてきました。
自由な映画表現を受け止め、原作を託してくれた久坂部羊さんに、心から感謝いたします。
この作品は、誰もが自身の未来を映し出し、息を潜めて向き合わざるを得ない問いを、優しく、しかし容赦なく投げかけます。
超高齢化社会の現実に直面したとき、ひとりの医師が下す選択を、観る人の皮膚の下まで、静かに届けたいと思いました。
どうか、目を背けないでください。
ここに映るのは、誰かの母でもあり、父でもあり、
やがてあなた自身でもある、避けられない現実です。
この問いが、それぞれの場所に残ることを願っています。
久坂部羊(原作者)
まさか映画化されるとは思いませんでした。
なにしろ『廃用身』が出版されたときの宣伝文句が「映画化、絶対不可能!」でしたから。
「切って楽になれるなら切ってほしい」は、私が現場で実際に聞いた言葉です。
介護に関わる方、介護に悩む方、すべての人に、常識の枠を取っ払ってこの映画を観ていただきたいです。